吃音と付き合う

私には、吃音持ちの知人友人が数人います。学生時代にはまったく接することが無かったのですが、さまざまな境遇や年代の方が集まる場に参加するようになり、接する機会が増えたのです。
発語が遅れる、喋りがもたる、言葉の頭の音が重複する。私の知人の症状はいずれも恐らく軽い方なのだと思いますが、それでも、吃音の症状はやはり気になってしまうものです。そんな話し方に苛立ってしまう人も少なくありません。私も、ぴりぴりしているとき等、わかってはいても吃音特有のまどろっこしさに苛々してしまうことがあります。
そして、そういったプレッシャーを感じさせてしまえばしまうほど、彼らの吃音はひどくなっていくのです。
周囲が理解し、ありのままを受け入れ、普通に対話をして過ごしているうちに、だんだんと吃音が改善した知人もいました。彼が、全くつっかえず、もたることもなく、すてきな朗読を一本こなしたときにはとても感動しました。ですがその知人は、交流の場から離れたことで、吃音がぶり返してしまったといいます。
吃音に対する周囲の理解、それをふまえた交流のたいせつさを、痛感する日々です。

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